チラ裏レベルの人生記(仮)

自分が自分で無くなった時に、自分を知る為の唯一の手掛かりを綴る、極めて個人的な私信。チラ裏レベルの今日という日を忘れないように。4年目。

ハドソン川の奇跡

クリント・イーストウッド監督作「ハドソン川の奇跡」("Sully" : 2016)[BD]

離陸直後にエンジン故障に見舞われ、推力を喪失した旅客機を川に着水させ、乗員乗客を全員生還させる事に奇跡的に成功した機長について、その判断の是非を巡る議論の行方を描く伝記ドラマ作品。

 

2009年1月15日。40年以上のキャリアを誇るUSエアウェイズパイロット、チェスリー・サレンバーガー(サリー)は、ラガーディア空港発シャーロット行のカクタス1549便に機長として搭乗する。副操縦士ジェフ・スタイルズ、客室乗務員3名、乗客150名を乗せた1549便は出発時刻14:45からやや遅れてラガーディア空港を離陸する。間もなく、機体はバードストライクに見舞われ、左右ニ基のエンジンが故障し、推力を喪失する。サリーは直ちに管制に連絡し、ラガーディア空港へ引き返す意向を示す。管制官はラガーディア空港とテターボロ空港に緊急着陸の準備を要請する。しかし、サリーは高度不足で引き返すのは無理だと判断し、機転を利かせてハドソン川への着水を試みる。サリーとジェフの冷静な対応が奏功し、機体はハドソン川への不時着水に成功して大破を免れる。間もなく、機内に浸水が始まると、サリー達は乗客に救命胴衣を着させて、左右翼とラフトへの脱出を促す。冬の凍える様な寒さの中、乗客達は概ね慌てる事無く行動し、駆け付けたNY警察航空隊、沿岸警備隊、付近のフェリー等によって速やかに救助される。数名の軽傷で乗員乗客155名全員が無事に生還した事が判ると、サリーは安堵する。マスコミは当該事案を「ハドソン川の奇跡」と大々的に報じ、サリーは市民に一躍英雄と讃えられる。

サリーはNTSB(国家運輸安全委員会)の聴取を受ける為に、ニューヨークに留め置かれる。サリーの宿泊先のホテルのみならず、妻ローリーと二人の娘が待つ自宅にもマスコミが大勢詰めかける。サリーは注目され過ぎる状況に疲弊するばかりか、事故に因るPTSDに苛まれる様になる。

程なく、サリーとジェフに対するNTSBの聴取が始まる。サリーとジェフは共に墜落では無く、不時着水だと主張する。サリーは長年の飛行経験に基づき、視認の末に引き返すのは不可能だと判断したのだと説く。NTSB側は、航空技術者による同じ条件下におけるシミレーションでは引き返せす事ができたと反論し、サリー達に事故の要因を求めようとする。サリーは自らの判断が本当に正しかったのか、確信が持てなくなり、苦悩を深める。そんな折、ACARSデータが報告され、バードストライク後も左エンジンは作動し続け、微速でも推力を取り戻せた可能性が強まる。

NTSBによる二回目の聴取が始まる。ジェフは、機が無事に着水できたのは、サリーが通常の手順に従わずにAPUを始動したおかげであり、さもなくば死んでいたと主張する。サリーは過去の事故調査経験に鑑み、ACARSデータが間違っている可能性を説くと、エンジンを見ればそれを立証できると主張する。NTSB側は、コンピューターによるシミュレーションの結果、ラガーディアとテターボロ、双方への引き返しに無傷で成功した事を明かす。サリーは自らが操縦席で得た実感との違いに困惑する。ジェフはサリーが不可能を成し遂げたのだと励ます。

サリーはジェフや客室乗務員らと共にテレビ出演などをこなすが、調査の終了まで仕事に復帰できずに留め置かれる状態が続く。その間、サリーは自分の判断が間違いであり、乗客の命を危険に晒したのかも知れないと考え始め、NTSBによってそれが証明されれば、退職を余儀なくされ、キャリアが無に帰すばかりか、年金も無く、多額のローンを抱える事を危惧する。

サリーとジェフは、連邦航空局で開かれるNTSBによる公聴会に臨む。サリーの要望を受け、まずエアバス社が衛星中継で、事故時の状況を再現した操縦士によるシミュレーションを行う。その結果、機はコンピューターによるシミュレーションと同じく、ラガーディア、テターボロへの着陸に成功する。サリーは、操縦士達の行動は初めて事故に遭遇したものとは言えず、そこに人的要因、即ち、前例の無い状況に陥った際の分析や決断の時間が考慮されていないと主張し、操縦士達が何回練習したのか尋ねる。NTSB側は当該操縦士が17回練習を行った事を明らかにすると、考慮に要する時間を35秒と設定し、再度操縦士にシミュレーションを行わせる。その結果、機はラガーディア、テターボロへの着陸に失敗する。それを踏まえ、NTSB側はバードストライク直前から着水に至るまでのCVR(操縦室音声記録)を公開する。集まった全員がそれに耳を傾ける。サリーはジェフと共に一旦退室すると、二人のチームプレーだったと胸を張る。その直後、川で左エンジンが発見され、壊滅的な欠損が生じていた事が証明される。NTSBはACARSデータの誤りを認め、成功の要因がサリーだったと称える。サリーはそれを否定し、生還できたのは、関わった全員が力を尽くしたからだと説く。

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