チラ裏レベルの人生記(仮)

自分が自分で無くなった時に、自分を知る為の唯一の手掛かりを綴る、極めて個人的な私信。チラ裏レベルの今日という日を忘れないように。6年目。

大増税時代。

増税論議がいよいよ喧しくなってきましたな。まぁジタミが政権を奪取した時点で増税は既定路線だったワケだが、あとは上げ幅とショック緩和策かねぇ。つうか国際的な信任を秤にかけるんなら、8パーだの10パーだの言ってないで、この際20パーくらいドーンといったらんかい。その前に、高福祉高負担か低福祉低負担か、或いはその中間か、今後日本が目指すべき社会の有り様について、そろそろ真剣に国民に決断を迫るべきだと思うんだが、その辺どう考えてんのかしら。乞食のおっさんはもう腹を括ったもん!ああ、タヒる方向さ・・・。

昨日はサム・メンデス監督作「ジャーヘッド」を鑑賞。湾岸戦争当時の中東を舞台に、米海兵隊員が派遣されてから終戦を迎えるまでの過程を描く戦争映画。ジャーヘッドというのは海兵隊員のその刈り上げ頭を瓶に擬えた俗称らしく、その辺りから窺えるように戦争をピリッと皮肉った風刺的作品なのかなぁと理解。というのも、本作では戦争映画には付き物の戦闘シーンが皆無で、当然派手なドンパチや殺戮のシーンもない。派兵後の現地での生活を現場レベルで淡々と描く部分が主だ。従軍~派兵~待機~開戦~終戦という、一連のプロセスで感じるのはなんとも無常な戦争観。現地で開戦を待つまでの訓練に次ぐ訓練の日々。始まりも終わりも見えぬ暮らしの中で、郷里で待つ人に思いを馳せながら武器を磨く。悶々とする気持ちを馬鹿騒ぎで往なしては、延々と準備と訓練に明け暮れる。その過程で精神を擦り減らしていく兵士達の心の機微が巧く表現されている。ところが戦争は始まってまもなく呆気無く終わりを迎え、兵士達は自分が磨き上げた武器を実戦で使用することは終ぞ叶わない。もちろん武器など使用しないに越したことはないのだが、日がな殺人の術をその体に叩きこんできた彼らの徒労感と、爆発寸前のフラストレーションを推し量ると、どうしてもやるせなさを感じずにはいられなかった。一番印象深かったのは、石油が高々と吹き上げる砂漠の形容しがたい非現実的な感じかな。これまで想像すらしなかった世界ががそこにはあった。