チラ裏レベルの人生記(仮)

自分が自分で無くなった時に、自分を知る為の唯一の手掛かりを綴る、極めて個人的な私信。チラ裏レベルの今日という日を忘れないように。6年目。

1ミリ坊主に慣れたら、重力やら空気抵抗やらで髪が生えてくる事自体が煩わしくなってきた。

これまで3ミリ坊主が限界だった頭髪を、今月から1ミリ坊主にしてみて経過を観察しているワケだが、これが頗る爽快で良い。もちろんすぐ伸びてきてしまうので、1ミリの状態はほんの僅かな間だけだが、頭髪がこれだけ短いと確かな実感としてアタマが軽い。一度この軽さに慣れてしまうと、3ミリ坊主程度の頭髪量でも重力や空気抵抗を感じて、とても煩わしく思える。本来なら毎日でもカットして、常に1ミリを維持したいところだが、なにぶん天性のズボラ気質故に、カットした髪くずの処理とヘアカッターの手入れが億劫で、いまは10日に1度ほどのカットに留めている。

ちなみに剃刀を当てて、完全無欠の坊主にするのは、頭皮アトピーだから挑戦できないのだが、1ミリ坊主とはまた次元の違った爽快感が得られる事だろう。こんな事を言っていると、お禿げになっておられる諸兄の顰蹙を買うかも知れない。僕は父、祖父、伯父くらいしか男の親族を知らないが、皆、齢を取っても頭髪が残っていたから、僕も深刻な禿げにはならないと高を括っている。それに、今のうちから坊主に慣れておけば、たとえ禿げたとしても悲壮感は無いというか、寧ろ好都合な気がする。うーん、どうなんだろう。

坊主で最大のネガチブな要素は、やはりアタマの形が露わになってしまう事だ。1ミリ坊主にしてみて、自分の頭蓋骨の形状と、頭皮の質感がここまでグロテスクだと、生まれて初めて分かった。頭蓋骨が左右で非対称過ぎて、まるで不出来なじゃがいもの様だ。アタマの柔らかい乳幼児期に片方を向いてばかりだったのかも知れない。右側面と左側面でブサイク度がかなり違うのだ。右が下の下レベルなら、左は下の上レベルと言っても良い。それくらい違う。つまり僕は、左から見た自分の顔を、ブサメンなりに気に入っている。

 

昨日からZOZOのセールが始まった。僕はヨダレと我慢汁まで垂らして、目当てのモノが安くなるのを期待していたのに、どれもセール対象にはならず、それはもうガッカリした。もうプロパー価格だろうとなんだろうと、目当てのモノを購入して、この憂さを晴らしてやろうと思う。