チラ裏レベルの人生記(仮)

自分が自分で無くなった時に、自分を知る為の唯一の手掛かりを綴る、極めて個人的な私信。チラ裏レベルの今日という日を忘れないように。6年目。

嘆くなり我がイラチの本性、そのおっさん暴走老人予備軍につき。

ボンジーヤ!いよいよリオパラも終わりを迎え、ゲンジツ逃避するツールが一つ失われてしまった。秋の涼しさと相まって黄昏を禁じ得ない。私は世間様と違って、オンとオフの隔てが無い無味乾燥がデフォな日々を送っているから、こういう祭典的行事の時のみ、ほんのりオフ感を味わえるのである。通常編成のテレビ番組を見ていると、もう一週間経ったの!?という具合に光陰矢の如し感に襲われ、それに伴ってハンパない焦燥感と苛立ちが生じる。世間様は私を置き去りにしてズンドコ先に行ってしまう。無論、ヒキって留まっている私に全ての責任があるワケだが、このやるせなさはどうにも消せやしない。苛立ちと言えば、私は自覚できる程に結構なイラチで、些細な事でもすぐに苛立ってしまう。とくに待たされる事が嫌いで、行列なんてもっての他だ。一昨日、コインランドリーで定期の洗濯を行ってきたのだが、タイミングが悪く、洗濯機も乾燥機もいっぱいで、待たされる事になった。両方で待たされるのは休日にしても珍しい事態だ。さて、一人のご婦人が乾燥を終えたので、私はその後に速攻で利用すべく準備を始めた。ところが、そのご婦人はその場でチンタラチンタラと一枚ずつ取り出しては畳んで収納を始めたので、私のイラチモードがオンとなり、そのすぐ近くでご婦人に悟ってもらえる様に仁王立ちに近い状態で待っていた。もうほぼほぼ威圧していたと言っても良いくらいの様相だったから、ご婦人は間もなく、私に気付いてそそくさと去っていった。なんという我が浅ましさよ。そう思うと自己嫌悪に陥ってしまうが、これがイラチの生態なのである。私の様なおっさんが齢を取った末に暴走老人と化すのだろう。