ダリオ・アルジェント監督作「4匹の蝿」("4 mosche di velluto grigio" : 1971)[DVD]
付き纏いを続ける男を意図せず殺してしまったミュージシャンが、その件で何者かに脅しを受け、更に複数の殺人事件に巻き込まれていく様を描くサスペンス・ホラー作品。
ロックバンドでドラムを担うロベルトは、資産家の妻と満たされた生活を送っていたが、いつからか黒服にサングラスを着けた男が自分を付け回し、監視している事に気付く。ある夜、仕事を終えてスタジオを出たロベルトは、その男に気付くなり痺れを切らし、男を追いかけて劇場に辿り着く。ロベルトは男を捕まえると、つきまとう理由を問い質すが、男はそれを否定し、ナイフを突き出す。ロベルトはもみ合いの末に男をナイフで刺し、その弾みで高所から突き落としてしまう。その時、ロベルトは上階の客席にいる不気味な覆面姿の人物が、一部始終をカメラで撮影していた事に気付く。その夜、ロベルトが不安で寝付けずにいると、無言電話がかかってくる。
翌朝、ロベルトは新聞で身元不明の遺体が川で発見された事を知る。更に、ロベルト宛に昨夜殺した男マロージの身分証明書が封書で届く。日中、ロベルトは友人らを自宅に招いて親交を深める。友人の一人ミルコは、サウジアラビアの処刑方法について皆に語る。処刑人は囚人を後ろ手に縛り上げて跪かせると、短剣でうなじを突き刺して硬直させ、半月刀で斬首するのだという。その直後、ロベルトはレコードケースの中に、昨夜の殺害の瞬間を撮った写真を見つけ、友人らの中に覆面の人物が潜んでいると疑い始める。
夜、ロベルトはミルコに聞いた処刑の悪夢にうなされて目を覚ます。その時、ロベルトは不審な物音を聞いて、リビングの様子を見に行く。その途端、ブレーカーが落ち、ロベルトは何者かに背後から縄で首を絞められる。その人物は「いつでも殺せるがその時ではない、警察にも頼めず、お前は一人だ」と告げて姿を消す。ロベルトがブレーカーを上げると、物音で目覚めたニーナがやってくる。ニーナはロベルトの様子を心配し、事情を話すよう請う。ロベルトは殺人を犯し、脅されている事を明かすと、証拠を見せようとするが、保管しておいた場所にそれが見つからず、先の人物がそれを奪いに来たのだと悟る。ニーナは俄にそれを信じられず、ロベルトが働きすぎで悪い夢でも見ているのだと心配し、知人の精神科医に診てもらうよう勧めるが、ロベルトはそれを拒む。ロベルトは警察にも行けない事から、他にどうすべきか尋ねる。ニーナは逃げるしかないと訴える。メイドのアメリアは二人のやり取りを盗み聞きする。
翌日、ロベルトは川辺の掘っ立て小屋に暮らしている「神」と称されるディオメーデの元を訪ねると、事情を全て話して助言を求める。ディオメーデはまず私立探偵を雇うよう促し、アロージオを適役に薦めると、次に友人の「教授」に頼んで自宅を見張らせ、覆面を見つけ次第、報告させるよう促す。一方、密かにロベルトの証拠を持ち出していたアメリアは、それを元に覆面の正体に気付く。アメリアは電話で覆面を脅して現金を要求し、公園で落ち合う約束をする。覆面は指定の時間に現れず、 日暮れまで待ち惚けしたアメリアは、人気が無くなった公園から立ち去ろうとする。しかし、その途中でアメリアは何者かに襲われ、喉を裂かれて殺される。
翌日、ロベルトは再び友人らを自宅に招く。その最中、警察からアメリアが殺害されたとの報せが入る。夜、ロベルトは再び処刑の悪夢で目を覚ます。ロベルトは愛猫の鳴き声を聞いてリビングの様子を見に行くと、愛猫は見当たらず、争った形跡と「簡単だった」と記されたメモを見つける。翌朝、ニーナはただの恐喝ではなく、犯人が本当に殺す気だと怖れ、ロベルトに家を出るか、警察に全てを話すかの決断を迫る。ロベルトは殺人の事実は揺るがない事から、警察に話せば刑務所行きは確実だと説き伏せる。そこに従姉妹のダリアがやってきて、二人の会話を立ち聞きする。その後、ロベルトは猫が消えた件について教授に伝える。教授は布で来るんだ物を抱えていた不審人物を見て、止めようとしたが殴られた事を明かす。一方、覆面と共謀し、ロベルトに殺された様に偽装した後、ロベルト宅に侵入して猫を殺害したマロージは、当初の予定と異なるアメリアの殺害を知り、覆面を自宅アパートに呼び出す。マロージは取り決めた報酬では少なすぎると訴えるが、覆面こと真犯人はマロージの不意を突いて殴り飛ばし、針金で絞殺する。
程なく、ロベルトは車の中に「もう終わり、お前の番だ」と記されたメモを見つける。それを受け、ロベルトはアロージオの事務所を訪ねると、事情を伝えて協力を依頼する。アロージオはロベルトの話に興味を示し、三年間で一度も事件を解決していない記録を止められそうだと意気込み、依頼を快諾する。ロベルトが帰宅すると、ニーナはアメリアの件で刑事と警察に向かう直前であり、自宅にはもう戻らない意向を示す。ロベルトは事件が解決するまで留まる意向を示すが、ニーナはロベルトに愛想を尽かす。間もなくやってきたダリアは、ニーナから話を聞いている事を明かし、全て上手くいくと励ますと、ロベルトに風呂に入ってリラックスするよう促す。ロベルトはマッサージを受けている内にダリアに欲情し、二人はセックスする。その夜、アロージオが証拠物を受け取りにやってくる。ロベルトはそれらを保管していたキャビネットの中に猫の死骸を見つける。その後、アロージオは事務所で写真の分析を進める。
翌日、アロージオはロベルトに連絡し、分析で気付いた点について裏取りする意向を示し、その為に数日間連絡が取れなくなると伝える。アロージオは犯人が入院していた精神療養所を訪ねる。所長は犯人について、ある種のパラノイアであり、早期から症状が重く、殺人妄想の極端な事例だった事、三年間収容され、父親の死後に人格情動障害が消えた為に完治したと診断した事、父親は実父ではない様に思われた事を伝える。アロージオはその後も街を巡って聞き込みを続ける。やがてアロージオは犯人が暮らしていると思しきアパートに辿り着く。アロージオはアパートを出た犯人を尾行し、地下鉄を乗り継いで、駅のトイレに追い詰めるが、逆に待ち伏せに遭い、殴られた後、胸に薬品を注射される。犯人はアロージオの推理が正しいと告げて立ち去る。アロージオはその場で死ぬ。
程なく、ロベルトは新聞でアロージオの死を知る。ロベルトはディオメーデと葬儀展で落ち合うと、毎日処刑の夢を見ている事、その夢を見ている間は妙な事に恐怖を感じない事を明かすと、それが何かの予兆ではないかと訴える。ディオメーデはロベルトの状態を深刻に捉え、警察へ行くよう促すが、ロベルトはそれを拒む。ディオメーデは犯人がロベルトを殺す前に追い詰めるつもりでおり、アメリアとアロージオについては正体がばれるという不測の事態を招いて殺さざるを得なかったものの、それを機に殺人を楽しみだしたのだと推測すると、ロベルトにしばらく家から離れるよう促す。ダリアはロベルトの家で荷造りを済ませると、スタジオに電話をかけるが、ロベルトが取り込み中の為に折り返すと伝えられる。夜更け、ダリアは何者かの侵入を察知し、二階のクローゼットに身を隠す。ダリアは探しに来た犯人が去ったと思い、クローゼットから出た矢先に、犯人の不意打ちを食らって階段から転落し、ナイフで刺殺される。
警察は遺体安置所に駆けつけたロベルトに、死の直前に見た光景が数時間網膜に残るとされている事から、ダリアの眼の検査を行う意向を示し、ロベルトに立ち会いを求める。検査の結果、網膜に4匹の蝿が並んで飛んでいる様な残像が確認される。ロベルトはその意味を測りかねる。ロベルトはディオメーデを通じて護身用の拳銃を手に入れると、自宅で犯人を待ち伏せて迎え撃つ事を決意する。
夜、ロベルトは拳銃を握りしめながら犯人が来るのを待つ内に寝入ってしまい、ディオメーデからの電話で目を覚ます。しかし、電話は直ちに途切れ、ロベルトは襲撃に備える。そこへニーナがやってきて、ロベルトが暗闇の中で拳銃を構えている理由を尋ねる。ロベルトは犯人を待っている事を明かし、自分に構わずに逃げるよう命じると、車のキーを渡してニーナを部屋から押し出す。その時、ロベルトはニーナが首から提げた蝿を収めたペンダントが揺れる様子が、ダリアの網膜に残った4匹の蝿と符号する事に気付く。ロベルトはニーナが犯人だと確信すると、ニーナを引っ叩いて真実を追求する。ニーナはロベルトが手放した拳銃を咄嗟に奪うと、銃口をロベルトに突きつけ、犯行を認める。ニーナはロベルトを遠ざけると、まず腕を、次に脚を銃撃しながら犯行の動機について語る。ニーナは息子を望んだ父親から男として育てられた。父親はニーナを何年も虐待し続けたが、ニーナは父親に従わなかった。父親はニーナを母親の様に異常者扱いし、母親が精神病院で死ぬと、ニーナも病院に収容させた。妄想狂と診断されたニーナが退院した時には既に忌まわしい父親は死んでおり、復讐を果たせなかった。そこでニーナは報いを受けるべき代わりを捜し始めた。そんな折、ニーナは父親に瓜二つのロベルトと出会い、ゆっくりと苦しませて死ぬのを見届けようと企てたのだった。ニーナがロベルトに止めを刺そうとすると、ディオメーデが駆け付ける。ロベルトはニーナが怯んだ隙に拳銃を叩き落とす。ニーナは家を飛び出し、車で逃走を図る。ロベルトは夢の意味について、死の宣告をされたのが自分ではないと悟る。ニーナは運転中に後方を確認している内に猛スピードでトラックに衝突する。トラックのバンパーはフロントガラスを突き破ってニーナの首を撥ね、車は炎上する。