チラ裏レベルの人生記(仮)

自分が自分で無くなった時に、自分を知る為の唯一の手掛かりを綴る、極めて個人的な私信。チラ裏レベルの今日という日を忘れないように。6年目。

廃人ばりに時の流れが無情だと痛感した昼下がりのクリニックの待合室。

やはり原因不明の目の異常は少しずつ収まっている様に見えて、そうでもない気がする。昨夜も中途覚醒の連続だったが、全体の回数は若干減った。それでも日中の不快感から生じるストレスはハンパない。涙と目やにが頻繁に分泌され、その都度ティッシュで拭っているから、箱ティッシュの使用量もこれまたハンパない。私はただでさえ普段からティッシュの使用量が多いから、特売日を待っていたらその前に備蓄が切れてしまうのは必至な情勢だ。そんな事より、この異常が災いして視力が悪化しないかいよいよ心配になってきた。今週いっぱい様子を見て、快方に向かわないようなら、眼科で診察してもらうしかないか。ネットで眼科医が紹介している、流涙の手術の説明を見ていたら、おっかなくて身が竦んでしまった。ときに、昨日はメンクリ通院日だったのだが、受付と事務を担当する三人の女職員の内、一人が新人に代わっていた。私が通院を始めて早ン年が経ち、その間ずっと同じ三人だったのだが、その内の二人がいつしか結婚した。もちろん結婚したと二人に直接聞いたワケではなく、指輪を見て私が勝手にそう判断したに過ぎない。私は対恐ゆえに女の顔を面と向かって見る事ができないので、自ずと手元を見つめる事になり、指輪を付け始めた事に気付いた次第だ。とまれ、その二人の内、最初に結婚したと思しき一人が新人に代わった。産休なのか、退職なのか、それは知る由もないが、三人で十分回せる小さな職場だから、そこへ新たに一人追加するというのは考えにくいな、などと廃人の分際で考えている内に名前を呼ばれたのだった。しかし、時の経過は無情だとつくづ思う。