重厚長大・昭和のビッグプロジェクトシリーズ「青函トンネル 総集編 -本州側工事の記録-」(1977)[DVD]
青函トンネルの本州側・竜飛工区の作業坑、本坑の施工記録を収録したドキュメンタリー作品。
本州側の出入り口・浜名から北海道側の出入り口・湯の里までの直進距離は約54km、その内の海底部の長さは約23kmで、これまで地図上でじっくり見る機会も無かった為に、意外にも短いと思ってしまった。しかし、本作を観て、青函トンネルの建設は紛れも無く、史上最大規模の国家プロジェクトに相違ない事が分かった。
青函トンネルの建設は、戦後間もない旧国鉄時代にその構想が浮かび、地質調査が行われ、日本鉄道建設公団の元で建設が始まり、その後、鹿島・熊谷・鉄建・青函隧道工事共同企業体による請負となる。本工事にはおよそ13年の歳月を要し、1985年に本州側と北海道側の本坑が全貫通した。
トンネル建設と一言に言っても、後にトンネルとして使用する本坑とは別に、まず調査目的の先進導坑、作業員や機材を搬入する作業孔を堀り、そこから、本坑を各社の担当毎に分割して建設していく方法で、貫通するまでがむしゃらに掘れば良いという話でもない。海底下を通過する為に、地盤には大量の水分が含まれており、そのままの状態では掘削できない。そこで、掘削前に水ガラスとセメントミルクを混合した薬剤を、大量に地盤に浸透させて固め、止水した段階で初めて掘削が可能となる。
配慮するのはそれだけに留まらず、場所によっては地質の違いや断層の有無を考慮する必要があり、施工方法をその都度変えていく必要がある。当然、施工前の調査で、予めどこをどう掘削し、建設を進めるすべきかは決まっている。それでも前人未到の作業には想定外の突発的な事故は付き物で、16km付近で大量の異常出水に見舞われ、多くの機材が水没してしまったそうだ。
ド素人の僕などは、シールド工法でガリガリ掘ったのかなと漠然と考えていたが、時代が時代だけに、ものすごい人的リソースが投入されていた様だ。作業環境も劣悪だったろうに、作業員はマスクすらしていなかったが、それで大丈夫だったのか心配になってしまった。
来春の北海道新幹線の開業に伴い、再び俄に注目を集める青函トンネルの建設風景を、こうして当時の映像で確認できたのは良かった。是非とも、一度は利用してみたいものだ。