ウディ・アレン監督作「教授のおかしな妄想殺人」("Irrational Man" : 2015)[DVD]
抑鬱状態の哲学教授が、偶然知り得た不遇の母子を救うべく、その元凶たる男の殺害を企てる事で、生きる気力を見出していく様を描くコメディ・ドラマ作品。
飲んだくれの哲学者エイブは、ニューポートから程近いブレイリン大学哲学科に赴任し、夏期クラスを担当する事になる。幼い頃に母を自殺で亡くしたエイブはトラウマを抱え、また妻の浮気による離婚や、親友の記者をイラクで失った事などを経験した事で、虚無と悲観に心を満たした実存主義者と化し、長らく抑うつ状態に陥っていたが、そのカリスマ性を備えた変わり者ぶりはたちまち学内に噂として広がり、学長からも活躍を期待される。エイブが教員用の住まいに入居して早々、歓迎会が催される。エイブはそこで化学科の教授で既婚者のリタと知り合い、やがて意気投合する。
エイブは数度目の講義で、生徒の一人ジルのレポートを高く評価し、ジルはそれを甚く喜ぶ。ジルはエイブとの会話を通じて、頭脳明晰でありながらも、苦悩を抱える繊細なエイブの魅力に惹かれる。交際相手のロイは、ジルがエイブに心移りしないか心配するが、ジルはそれを払拭する。
エイブはジルに女性経験が豊富という噂について問われ、かつては熱狂の中にいたが、オーガズムという鎮痛剤が効力を失った事でそれが冷め、死に取り憑かれる様になった事を明かす。ジルは本気の恋愛をしてみる様に促すが、エイブは身も心もボロボロの今の状態では無理だと答える。
その夜、エイブの家にリタがエイブ好みのシングルモルトを持参してやってくる。エイブは本を執筆中だが、息苦しさの余り、躓いている事を明かす。リタは自分が楽にすると説き、セックスに誘う。しかし、エイブは精神的な問題が災いして勃たない状態が続いており、不発に終わる。リタはエイブの身を慮る。
後日、エイブはジルに誘われ、ジルの友人エイプリル宅のパーティに誘われる。その最中、学生達は強盗撃退用の拳銃を持ち出し、ロシアンルーレットの模範を示し始める。エイブは拳銃を受け取ると、実弾を込めてロシアンルーレットを実演して見せ、教科書に勝る実存主義の授業だと説き、学生達の顰蹙を買う。ジルはエイブを連れ帰る。
ジルはエイブの自滅的な思考を心配する。両親はジルの身を案じ、エイブに深入りせぬ様に促すが、ジルはエイブにますます惹かれていく。ジルはエイブとデートを重ねる内に、生きる理由を無くしているエイブを救いたいと考える様になる。ある時、エイブは本を書くのが無駄だと吐露する。ジルはリタには無理だった創造の源泉に自分ならなれるかも知れないと説く。エイブはジルに彼氏がいる事から、友達だと諭すが、ジルは自分にはエイブが特別な人であり、ロイに気持ちが定まっているわけでは無いと主張する。
ロイは卒業後に一緒にロンドンの大学院に進む事をジルに提案するが、ジルはそれに難色を示す。一方、リタは再度エイブとのセックスを不発で終えるも、特別な関係になる事を望む。エイブは夫が嫌いなら別れる様にリタに促すが、リタは新しい相手がいなければそれができないと答える。
ある時、エイブはジルと入ったレストランで隣の席の4人組の会話を盗み聞きする。その内の一人、キャロルによると、二人の子供に対する親権が、暴力夫フランクに奪われる事になり、その元凶がフランクの弁護士と結託している悪徳判事スパングラーなのだという。キャロルは子供を連れて逃亡したいくらいだと友人達に嘆き、スパングラーの死を切望する。それを聞いて義憤に駆られたエイブは、赤の他人の自分なら人知れず社会の害虫を抹殺し、気の毒な女性を救う事ができると確信する。その時からエイブは完全犯罪への挑戦に生き甲斐を見出す。
エイブは、職権濫用で母子を破滅に追いやろうとしているスパングラーは、死んで当然の存在だとジルに主張する。目眩と不安が消え去り、不眠が解消された事でエイブは生気を漲らせ、殺害計画に考えを巡らせる。また、エイブはリタに対して、何事も深く考え過ぎずに本能に従い、行動を起こすべきだと説く。
ある日、ジルは夕暮れ時の海岸でエイブに愛を打ち明ける。エイブはジルが「大学の担当教授との恋」に恋しているだけであり、友達だと諭す。その一方、エイブは性機能を回復させ、リタと久しぶりのセックスに興じる。リタは夫と別れてエイブとスペインに逃避したいという願望を吐露する。
程なく、エイブは一人暮らしのスパングラーの行動パターンを密かに調査し始める。ある晩、エイブはジルと遊園地に訪れる。ジルはエイブが以前と比べて明るくなり、魅力的になったと指摘する。エイブは露店のルーレットゲームに勝利し、ジルは景品の中から懐中電灯を選ぶ。エイブはそれが実用的だと笑い飛ばす。ジルはアトラクションの中でエイブにキスをし、関係を迫る。エイブは自分の様な過激な男に関わるべきでないと諭し、深入りするのを拒む。
ジルはロイを愛しながらも、エイブとの恋に夢中な状態を続ける。一方、エイブは殺害計画を練り続け、青酸カリを用いて毒殺するという結論に至る。エイブはリタとセックスした際に、バッグから化学室の鍵を盗み出す。翌日、エイブは化学室の薬品庫に侵入し、青酸カリを持ち出す。その際、エイブはエイプリルと出会し、調べ物だと白を切る。
ロイはジルの不機嫌な様子から、心変わりしたのでは無いかと疑うが、ジルはそれを否定する。一方、エイブはスパングラーが毎週末の早朝、朝刊を持って、公園の同じベンチでオレンジジュースを飲む事を把握する。
程なく、ジルは誕生日を迎え、両親とロイに祝ってもらうが、エイブが連絡一つくれない事に不満を抱く。エイブは週末の早朝に、青酸カリを混入したオレンジジュースを持参して公園に訪れると、スパングラーの隣に座ってジュースをすり替えて立ち去る。その後、エイブは報道でスパングラーが心臓発作で死んだ事を知ると、自分の行動で世直しした事に対する大きな達成感を得る。
エイブは自分の関与をおくびにも出さず、レストランでジルと共にスパングラーの死を祝う。ジルはエイブの関与を疑いもせず、最高の気分だというエイブに同調する。エイブは誕生日の件について、ジルが自分にはもったいなく、期待させたくなかったのだと説くと、持参した詩集を贈る。エイブはジルの懇願に応じ、自宅に招いてセックスする。エイブはジルとロイの関係について案じるが、ジルは互いに交際は自由なのだと説き、エイブが自分とのセックスに達成感を覚えている事を喜ぶ。
エイブは幸福感に酔いしれながらジルとの交際を続け、従前の死への執着が不合理だと感じる様になる。ある日、司法解剖によりスパングラーの死が毒殺だと判明する。ジルは祝ったのが不謹慎だったと説くが、エイブは元々スパングラーには敵が多く、同情の余地は無いと応じる。エイブは殺害は信念に従った結果だと自分に言い聞かせ、真相の発覚はありえないと高を括る。
ジルはエイブとの関係についてロイと大喧嘩した事をエイブに明かす。エイブはジルが特別な存在だと認める。程なく、ロイはジルに別れを切り出し、ジルはそれに応じる。後日、ジルはエイブを自宅の夕食に招く。ジルの両親はスパングラーの事件を話題にし、皆が真相の推理を始める。その際、ジルは犯人や動機、殺害方法について核心を突くが、エイブは白を切り通す。
ジルは友人エリーから、リタがスパングラー殺しの犯人がエイブだという自説を吹聴している事を聞く。ジルはそれを無視しようとする一方で、疑惑を払拭しきれぬままエイブと交際を続ける。ある日、ジルはバーでリタと出会す。リタは、エイブが殺人について興味を抱いていた事、普段遅刻しがちなエイブが事件の日の早朝に出かけるのをリタの夫が見かけた事、数週間前に化学室の鍵を無くした事などを挙げ、エイブが犯人だと推理する。ジルは平然を装いながらもますます動揺し、早朝に出かけた件についてエイブに直接尋ねる。エイブはMRI検査で州都に行ったのだと偽るが、ジルの不安は尚も募る。
程なく、ジルはエイプリルから化学室でエイブと会った事を聞く。ジルはいよいよエイブの犯行を確信し、エイブに直接真実を問い質す。エイブはジルの推理通りだと認めながらも、直感こそが正解であり、それによって人生の意味を見つけたのだと正当化する。ジルは道徳に反する行為だと非難するが、エイブは女性を不正から救った自分こそ道徳的だと強弁し、このまま迷宮入りで事件を終わりにさせる意向を示す。ジルは通報を躊躇うもエイブの正当化を受け入れられず、他言しないという条件で、エイブに街から出ていく様に促す。
それから数週間、ジルは罪悪感に苛まれ、通報すべきか否か葛藤しながら過ごす。一方、エイブは大学を去って渡欧する事を決意する。ジルからそれを聞いたリタは、エイブが犯人だとしても意に介さず、一緒にスペインに行く事を希望する。
エイブは渡欧の準備を始めるも、自らの行為が過去に行ったどんな社会活動よりも意義深いものだという考えを新たにする。ある日、警察は、医学研究所に勤め、毒物を入手できる立場の男を、相応の動機があるという理由で容疑者に特定する。それを受け、ジルは無実の人に罪を着せて平気なのかとエイブに問い質し、自首しなければ自分が通報すると言い渡す。エイブは月曜まで猶予を求める。
エイブは人生の喜びを知った今、それを失おうとは思わず、リタに一緒に渡欧する事を提案する。リタは快諾し、夫と直ちに別れる意向を示す。エイブは邪魔になったジルを殺す事を決意する。一方、ジルはロイに復縁を請い、理由を訝るロイに月曜に全てを話す事を約束する。リタは夫に別れを切り出す。
ジルは定期のピアノ教室に訪れる。エイブは大学時代のエレベーター係の経験を活かし、事故を装ってジルを殺そうと企てる。エレベーターに細工を施した後、エイブはレッスンを終えたジルをエレベーターの前で待ち受ける。エイブは自首の前に謝りたかったのだと説くと、不意を突いてジルをエレベーターシャフトに突き落とそうとするが、抵抗された末に、ジルがバッグから落としたかつての懐中電灯で足を滑らせ、自らが転落死する。
歳月を経た後、事件の記憶が薄れ、心の傷を癒やしたジルは、かつてエイブが説いた「教科書からは何も学べない」という教訓を実地で学んだと述懐する。