ジャコ・ヴァン・ドルマル監督作「神様メール」("Le Tout Nouveau Testament" : 2015)[DVD]
神を父に持つ少女が、虐げられる生活に嫌気が差して家出し、人類の暮らす外界をより良くする為に、使徒集めに奔走する様を描くファンタジー・ダークコメディ作品。
万物の創造主たる神は、ブリュッセルの街を見渡せる建物で妻と10歳の娘エアと共に暮らしている。その昔、神はまず始めにブリュッセルを創った後、幾つかの種を創造するも失敗した。そこで神は自分に似せた人間アダムを創った。アダムはイヴと出会い、次々に子孫を産み育てた。そもそも天地創造の前から飽き飽きしていた神は、人類を創ったのも気分転換の為であり、人類に多くの不幸と僅かな幸福を与える事で、日夜苦しむ様を見るのが楽しむようになった。現在、神は酒を呷り、スポーツ中継を観る合間に、普遍的な不快の法則の数々を創る事に躍起になっている。エアは誕生からずっと家に閉じ込められた状態で暮らしている。家には出入り口が無く、キッチンとランドリー、寝室、入る事を禁じられている書斎があり、テレビはスポーツ以外見ては行けない事になっている。エアはPC頼みの父には無い、亡き兄JC(イエス・キリスト)譲りの特殊な能力を宿しているが、自分と母を虐げる父に敵意を抱いている。母はおっとりした性格で父に逆らえず、暇さえあれば刺繍をしたり、野球カードを眺めたりしている。
ある夜、エアは開きっぱなしの書斎に侵入すると、父のPCを盗み見る事で、人間に対する卑劣な行為の数々を知る。エアが父を非難すると、父は激昂してエアを折檻する。我慢の限界に達したエアは、台無しにされた人生の仕返しをし、世を正すべく、使徒を探す方法について、置物としてエアを見守るJCに相談する。JCは自分の使徒と合わせて18人になる様に、父のファイルから適当に選び出した6人に奇跡を見せる事で使徒にし、加えて誰かに新・新約聖書を書かせる様に促す。
エアは父が寝入っている内に鍵を盗んで書斎に入ると、戸棚の一つから6人分のファイルを抜き取ると共に、PCで全人類の余命をメールで送信した後、PCを使用不能な状態にする。エアはJCから教わった通りに、洗濯機から外界を目指す。人類は余命を通知された事で、残りの人生をどう生きるべきか考え始める。程なく、目覚めた父は、それがエアの仕業だと知って激昂する。
エアは出口のコインランドリーの洗濯機から初めての外界へ降り立つと、一番最初に出会った老人ヴィクトールに新・新約聖書の執筆を依頼する。一方、父は余命を知った人間が好き勝手に行動し始めたり、エアがJCの様に奇跡を見せて人間を救い出す事を危惧し、エアの後を追って洗濯機で外界へ向かう。
エアとヴィクトールは余命11年7ヶ月足らずの第一使徒オーレリーの元を訪ねる。7歳の時に左腕を事故で失い、シリコンの義手を着けている、独り暮らしの幸薄い美女オーレリーは、余命を知るも、何も変えずにこれまで通り生きる事に決めていた。レアは新・新約聖書の元となる話を聞くと、心臓の音から人々の心の音楽が分かる事を明かし、オーレリーから聞こえたヘンデルの音楽に相応しい夢を見せる意向を示す。その夜、オーレリーはテーブルで優雅に踊る左手を愛おしみ、涙する夢を見る。
エア達は余命12年9ヶ月余りの第二使徒ジャン=クロードの元を訪ねる。ジャン=クロードは子供時代こそ冒険家気質だったものの、大人になり退屈な仕事を続けながら、独身子無しで60歳を迎えようとしていた。そんな折、余命を知ったジャン=クロードは、公園のベンチに座ってもう動かないと決意し、傍に寄ってくる小鳥を愛でていた。エアはジャン=クロードの心の音楽がラモーの小鳥の囀りだと説く。ジャン=クロードは小鳥が飛べるのになぜ公園から出ないのか尋ねる。小鳥が逆にジャン=クロードにそれを問い返す。ジャン=クロードは小鳥の後を追って北へ旅に出る。一方、神もまたコインランドリーから外界に降り立つが、その風貌から変質者扱いされた挙句、不良グループに暴行され、病院に担ぎ込まれる。
エア達は余命83日の自称性的妄想者の中年男、第三使徒マルクの元を訪ねる。マルクは9歳の時、両親と暮らしていたキャンプ場傍のビーチで穴掘りをしていた際、そこに現れた青ビキニ姿の美しいドイツ人少女から興味と嫌悪の眼差しを向けられた。それ以来、マルクは性的妄想に囚われ続けてきた。マルクは余命を知ると口座を解約し、夢の風俗通いに明け暮れたが、間もなく金が尽きてしまったのだった。エアはマルクの心の音楽がパーセルの孤独だと説き、その声で金を稼ぐ事ができると助言する。マルクはAVの男優役の声当てとして採用されると、女優役の女と文学の話を通じて意気投合する。マルクはその女がかつてのドイツ人少女クセニアだと気付くと、自分の部屋に招き、添い寝する。一方、神は教会の炊き出しに乱入して諍いを起こした後、神父に対して自らが神だと明かして悪態を付く。また、エアの母は最後の晩餐の絵に描かれた使徒が増えている事に気付く。
エア達は余命25年3ヶ月余りの自称殺し屋の中年男、第四使徒フランシスの元を訪ねる。フランシスは子供の頃から死に取り憑かれており、それ故泣いた事も悲しんだ事も無く、生の世界と死の世界の渡守を自負し、動物を多数殺してきた。また、フランシスは妻子を愛しておらず、余命を知ると銃を買い求め、撃って死んでも余命が尽きただけとの考えに基づき、道行く人に照準を合わせていた。エアはフランシスの心の音楽がシューベルトの死と乙女であり、それがヘンデルと合うと説くと、フランシスに弾を与え、通りがかったオーレリーを撃つ様に促す。フランシスが放った弾がオーレリーの義手に当たると、フランシスはその後を追って、オーレリーのアパートに辿り着き、即座に恋に落ちる。翌日、フランシスは再びアパートを訪ね、オーレリーに会うと、愛を伝え、連絡先を忍ばせた花束を手渡す。
エア達は余命5年2ヶ月余りの有閑婦人マルティーヌの元を訪ねる。マルティーヌは愛に飢えていながら、夫とはすれ違いの生活で不満を抱いていた。そんな折、自らの余命に対して夫の余命が39年だと知らされたのだった。エアはマルティーヌの心の音楽がサーカスの音楽だと説く。マルティーヌはエア達と共にサーカスを訪ねると、檻の中のゴリラと触れ合い、その愛を知る。マルティーヌはそのゴリラを買い取り、自宅に連れ帰ると、自由に暮らさせる。一方、オーレリーはフランシスに連絡し、アパートに招く。その後、二人は愛を結ぶ。
神はコインランドリーから自宅に戻ろうと試みるが、既に入り口は消え失せており、当惑する。神はエアを見つけ出すと、家に戻ってPCを直す様に命じる。エアはそれを拒み、外界に友達ができて満足している事を明かすと、使徒を18人にする決意を示してヴィクトールと共に川を歩いて逃走する。神はエアを追おうとして川に転落し、再び教会に担ぎ込まれる。
エア達は余命54日の第六使徒の少年ウィリーの元を訪ねる。病気がちなウィリーは余命を知ると、女の子になる事を決意する。ウィリーは両親に最期の望みを聞かれて、女の子になりたいと告げると、ワンピースを着て通学を始める。エアはウィリーが厭世的なのは自分の父のせいであり、自らも耐えきれずに家出した事を明かす。エアは自らの能力を見せながらも、できない事、未経験な事だらけだと嘆く。エアはウィリーの心の音楽がC・トラネのラ・メールだと説き、その夢を見せる意向を示す。その夜、ウィリーのは夕食の食べ残しの魚が輝く霊として現れ、ラ・メールを歌う夢を見る。翌日、ウィリーは魚を海に帰す事と同時に、自らもまた海で死ぬ事を希望する。ヴィクトールと他の使徒達はエアとウィリーを助けてやろうと決意する。
月曜日、ウィリーは両親の家財を売って旅費を工面する。火曜日、オーレリーはフランシスにもう殺さない様に請い、フランシスはそれに応じる。水曜日、マルティーヌは夫に絶縁を告げ、ゴリラと添い遂げる為に生き方を整理する。木曜日、マルクとクセニアは始めて愛し合う。金曜日、エアとウィリーは日々を月曜、火曜…では無く、一月、二月…と呼ぶ事を決める。土曜日、ジャン=クロードは鳥の群れに誘われ、北極圏に到達し、そこで一人の女と出逢う。一方、身分証を持たない神はウズベキスタンへ強制的に送致される運びとなる。
日曜日、エアと使徒達は、海で最期を迎えたいと願う大勢の人々で賑わう浜辺に到着する。エアは18が母の好きな数字であり、使徒が18人になれば、何かが変わるとJCから聞かされている事を明かす。一方、母はレコードに合わせて歌いながら、部屋の掃除を始め、書斎のPCの電源を抜き、掃除機の電源を入れる。
エア達は横たわって最期を待つウィリーの周りを囲む。ヴィクトールはフランシスに促され、書き記してきた新・新約聖書を読む。そこへ移送中の神が乗る旅客機がエンジントラブルを起こして、浜辺に急降下を始める。一方、母は書斎の掃除を終えて、PCの電源を入れ直す。PCに再起動を尋ねるメッセージが表示されると、母はそれに応え、認証番号を18と入力する。PCが再起動すると、旅客機は持ち直し、既のところで墜落を免れる。同時に人類に通知されていた余命のカウントダウンが一斉に消える。母はOSに促され、外界の設定を自分好みに変更する。それは直ちに反映され、空が花柄で覆われる。更に地球の抱える諸問題は解消し、世界の常識が大きく覆されていく。マルクはクセニアと共に水中散歩を楽しみ、マルティーヌはゴリラの子供を儲ける。ヴィクトールは新・新約聖書を出版し、また、オーレリーに変わってフランシスが妊娠する。エアはウィリーとキスをする。一方、ウズベキスタンの工場で洗濯機の組み立て作業を強いられる神は、ラインを流れる洗濯機の中に自宅への帰り道が現れないか探し続ける。