アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」("Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)" : 2014)[BD]
落ち目の映画俳優が、再起を賭けてブロードウェイでの舞台進出を図るべく、困難に直面しながらも奮闘する様を描くブラック・コメディ作品。
ハリウッド俳優リーガンは、かつてSFアクション大作「バードマン」シリーズでスーパーヒーローを演じ、一世を風靡する。しかし、その後ヒット作に恵まれず、リーガンの人気は凋落し、20年の時が経過する。その一方で、リーガンは家庭を顧みなかった事から妻シルヴィアに愛想を尽かされ、離婚し、娘のサムは薬物中毒を患い、更生施設入りする。リーガンは落ち目の人生から再起を図るべく、レイモンド・カーヴァーの短編小説「愛について語るときに我々の語ること」を、自らが脚本、演出、主演を務める事で舞台化し、ブロードウェイでデビューを飾ろうと決意する。プロデューサーに親友で弁護士のジェイク、共演者にレズリー、ローラ、ラルフを迎え、更に施設を出たばかりのサムを自らの付き人に従え、リーガンは舞台の準備を着々と進める。しかし、リーガンはバードマンによる幻聴に苛まれると同時に、超能力を操る空想に耽るなど、徐々に奇行が目立ち始める。
舞台のプレビュー公演を翌日に控え、リーガンは劇場で共演者と共にリハーサルに臨む。リーガンは演技の下手なラルフを気に入らず、下ろしたいと願っていると、リーガンが意図した通りに落下した照明がラルフに直撃し、ラルフは降板を余儀なくされる。急遽代役を立てる必要に迫られ、リーガンはプレビューの中止を検討するが、その時、レズリーが懇意の人気舞台俳優マイクを紹介する。
早速劇場に駆け付けたマイクは、リーガンと二人でリハを始める。主導権を握るマイクはリーガンを翻弄し、台詞や演出に難癖を付け始めるが、リーガンはマイクの才能を見込み、望んでいた逸材だと喜んで採用を決める。念願のブロードウェイ・デビューに意気込むレズリーは、身勝手に振る舞うマイクに舞台をぶち壊さぬ様に釘を刺す。ジェイクはマイクの提示する高額なギャラに難色を示すが、リーガンは自らが予算を確保する意向を伝え、契約する様にジェイクを説得する。その一方で、リーガンは恋人関係にあるローラに妊娠を打ち明けられ、困惑する。
リーガンはマイクと契約を交わした後、プレビュー初日を迎える。リーガンは、本物志向のマイクが、小道具の酒代わりの水を本物の酒に代えて飲んでいる事を知ると、劇中でこっそり挿げ替え、共演する。それを知ったマイクは憤慨し、真実を追求する様に告げ、客の前でリーガンに詰め寄り、プレビューは台無しとなる。リーガンは激怒し、マイクをクビにする様にジェイクに命じるが、ジェイクはマイクの名で前売りが飛ぶ様に売れている事を伝え、もう引き返せないと諭す。
サムと約束していたシルヴィアが、リーガンを気にかけて楽屋に訪ねてくる。シルヴィアはリーガンが、施設を出たばかりのサムを、父親としてしっかり支えているか心配する。リーガンはサムに残す為のマリブの別荘を担保にして、再融資を受ける意向を明かす。シルヴィアは呆れるが、リーガンはチャンスを絶対にモノにしたいと熱弁し、シルヴィアに理解を促す。
その後、リーガンはマイクをバーに連れ出す。マイクは映画俳優と舞台役者の違いを説き、舞台のやり方を学ぶ様に告げてリーガンをこき下ろす。その時、二人はNYタイムズの著名な批評家タビサがバーにいる事に気付く。NYの演劇界ではタビサの批評で作品の帰趨が決まるとされており、リーガンは動揺する。マイクはリーガンに素人の様に動じず、また自分の演技にも口出しせぬ様に命じる。リーガンは初演をカーヴァーの作品にした理由をマイクに問われ、高校の頃に上演した劇を見に来たカーヴァーに、終演後、良い芝居だったと評価されたからだと明かすが、マイクはそれがリーガンの思い違いだと説き、一人でバーを後にする。帰り際、マイクはタビサに対し、芸術家になれぬ者が批評家になると詰る。タビサはリーガンがハリウッドの道化師だと主張するが、マイクはリーガンが全てを懸けて舞台に立つ覚悟でおり、成功する事を示唆する。
劇場に戻ったリーガンは、サムの付き人としての仕事ぶりを労うが、隠れてマリファナを吸っている事に気付き、仕事の足を引っ張らぬ様に叱責する。サムはリーガンがバードマン3で俳優として終わっており、世間は存在を忘れていると反駁し、リーガンが舞台に転身する目的が芸術では無く、存在のアピールだと喝破すると、無視されるのが怖いのに誰にも相手にされていないと詰る。
リーガンは再びプレビューに臨む。最終シーンで、マイクはリアルさを追求する為に、レズリーと本当のセックスを強要する。公演は無事に終わるも、憤懣やるかたないレズリーをローラとリーガンが宥める。マイクはリーガンが劇中で自殺に使う銃が子供だましの玩具同然で恥ずかしいと指摘する。
マイクは屋上へ上がり、そこで寛ぐサムと出会す。サムは施設を出たばかりだと明かすと、マイクがなぜいつも横柄な態度なのか尋ねる。サムは真実か挑戦かゲームを誘う事で、マイクの人生観に触れる。
翌朝、NYタイムズにプレビューに関する記事が掲載される。記事ではマイクへのインタビューに紙幅が割かれる一方で、リーガンは添え物の様に羽ばたこうと必死だと揶揄されており、リーガンは本公演で恥を掻く事を恐れ、当惑する。そんなリーガンに、ローラは妊娠が間違いだったと告げる。
リーガンはマイクに笑い者にされた事に憤慨し、マイクに詰め寄る。リーガンは、自分が働いて資金を作り、宣伝した自分の舞台で、傍若無人に振る舞うマイクを非難し、取っ組み合いの喧嘩で鬱憤を晴らそうとする。
楽屋に戻ったリーガンを幻聴が苛み、残り僅かなキャリアが終わると危機感を煽り立てる。リーガンは幻聴を振り払おうとして、楽屋の物に当たり散らす。幻聴は今のリーガンは偽物で、演劇界は甘くは無いと説き、望めば輝いていたバードマンに戻れると囁く。リーガンはバードマンとは別人だと断言するが、幻聴は自分がいなければ僅かな名声にしがみつく憐れで身勝手な三流役者が残るだけであり、死ぬまで一緒だと告げる。
リーガンの心情を察してジェイクが楽屋に駆けつけ、最後のプレビュー前に休む様に促すと、リーガンの決断と実行力を称えて励ます。リーガンは疲労を訴えると、これ以上は無理だと告げて舞台の中止を請い、更に自分が舞台向きでは無く、演劇界の笑い者だと弱音を吐く。ジェイクはチケットが完売しており、名だたる著名人が客として来るかの様に偽る事で、リーガンの奮起を促す。レズリーはマイクを紹介した事を詫びると共に、リーガンの舞台でデビューを飾れる事への感謝を伝える。
マイクは屋上で再びサムと遭遇する。サムはマイクがリーガンに殴られた事を知り、憤るが、マイクは自業自得だと告げる。マイクはリーガンがサムにした最悪の仕打ちを問い、サムは家庭を一切顧みなかった事を挙げる。マイクは、リーガンが話す通り、サムが特別な存在であり、イカれた振りをしても隠せない魅力があると指摘する。サムはマイクとキスをした後、舞台の天井に移動し、関係を持つ。
最終プレビューが始まると、リーガンは自身の最後の出演シーンを前に、サムとマイクがいちゃついているのを目撃して気分を害し、煙草を吸うために下着の上にローブを羽織った姿で、裏口から劇場の外に出る。ところが意図せずドアが閉まり、ローブが挟まってしまう。裏口から舞台に戻れなくなったリーガンは已む無く、通行人でごった返す大通りを下着姿のまま歩いて、劇場入口に回る。リーガンはそのままの格好で客席から舞台に上がり、自らの出演シーンに臨んでプレビューを終える。
楽屋に戻ったリーガンをサムが迎え、明日の初日公演に間に合うのか心配する。リーガンは散々続きのプレビューを嘆くが、サムは客には受けていた事を伝える。サムが施設で行っていたリハビリの一つを紹介すると、リーガンは酷い父親だった事を詫びる。サムはリーガンが路上で撮られた下着姿の動画がネットにアップされ、大勢の人に見られている事を伝えると、リーガンの関知しないネットの影響力を説く。
その後、バーに訪れたリーガンは再びタビサと遭遇する。リーガンは挨拶がてら、タビサに酒を振る舞うが、タビサはそれを意に介さず、劇場で良い舞台が上演される邪魔だと詰ると、初日公演が終わり次第、史上最悪の批評を書き、舞台が打ち切りになる事を予告する。更にタビサは、リーガンの様な映画人は、特権意識が強く、利己的な甘ったれで、ろくに芝居の勉強もせず、未熟なまま真の芸術に挑戦する、演劇界では許されぬ大嫌いな存在だと面罵する。憤慨したリーガンは、タビサの批評の内容を批判する事で応酬し、何一つ代償を払わないタビサと違い、自分が舞台に全てを懸けている事を告げ、思い付く限りの侮蔑の言葉を並べ立てる。タビサはリーガンの舞台を打ち切りにしてみせると告げ、その場を後にする。リーガンはバーを出た後、更に酒を飲み耽り、路上で寝入ってしまう。
翌朝、目覚めたリーガンは、幻聴に世界的な大スターだと奮起させられる。更に幻聴は、喋りまくる重苦しい芝居では無く、ブロックバスターの娯楽大作バードマンとしてカムバックし、世間の期待に応える様にリーガンを唆すと、神の様に空高く舞い上がり、劇場に戻って、見下した連中に実力を見せつけ、自分達のやり方で派手に幕を閉じる様に命じる。リーガンは大空を飛び交う空想に耽った後、劇場に戻る。
その夜、初日公演を迎える。一幕が盛況の内に終わると、シルヴィアは楽屋で最後の出演シーンを控えるリーガンを訪ね、客の反応が良い事を伝える。リーガンは心の声が聞こえ、真実を教えてくれると打ち明けるが、シルヴィアは困惑する。リーガンは、最後の結婚記念日に浮気の現場をシルヴィアに目撃された後、マリブの別荘で海に入り、自殺を図ったものの、クラゲに全身を刺された為に、砂浜に上がって泣きながら転げ回った事を述懐する。リーガンはシルヴィアとサムへの愛を伝え、サムが父親を求めていたのに、自分は鈍感でそれに気付いてやれなかった事を悔やむと、最後のシーンに臨む。リーガンは小道具では無く、本物の拳銃を持参する。
リーガンは頭部を撃ち抜き自殺を図るシーンで拳銃を使用し、観客の前で血しぶきを上げて倒れる。観客は総立ちでリーガンの演技を絶賛し、その最中、タビサは劇場を後にする。リーガンは鼻を吹き飛ばす大怪我を負った為、整形手術で新しい鼻が付けられる。
翌日、リーガンは病室で目を覚ます。ジェイクがNYタイムズを持参し、タビサが「無知がもたらす予期せぬ奇跡」と冠した記事で、アメリカの演劇界が長い間失っていた血を観客に浴びせた事をスーパーリアリズムと称し、賛辞を送っている事を伝える。ジェイクは舞台の成功が確約され、映画、出版へと商機が繋がっていく事に歓喜するが、シルヴィアはそれを咎め、怪我が本当に事故によるものだったのか疑う。
その後、見舞いに訪れたサムは、リーガンのツイッターアカウントを作った事を明かし、包帯で巻かれたリーガンの顔写真を早速アップする。サムは花瓶を取りに行く為に部屋を離れる。一人になったリーガンはベッドから起き上がると、鏡に向かい、ガーゼを取って鼻の様子を確認する。リーガンは、傍の便器で用を足すバードマンの幻覚と決別すると、窓を開けて空を眺め、身を乗り出す。
程なく、部屋に戻ったサムは、室内にリーガンがいない事を知ると、心配して窓から下を確認した後、空を見上げ、そこで目にしたものに笑みをこぼす。
第87回アカデミー賞作品賞を受賞した本作。劇場へ観に行ったので今回で二度目の鑑賞。落ち目俳優の奮闘ぶりとその悲哀を面白おかしく描いているのだが、個人的には2015年に観た新作の中で一番に推したい傑作で、一見小難しそうに見えて、娯楽作品としても申し分無い作風なのが良い。長回しによるシームレスな展開と、ジャズドラムオンリーによるBGMが独特な世界観を創り上げていて、そこに名優達による冴え渡る演技が繰り広げられる。こんなにクオリティの高い作品にはそうそうお目にかかれないだろうし、オスカーを獲ったのも頷ける。映画は演技力だなぁと改めて実感する。中でも僕はエマ・ストーンが好きで、彼女のキレっぷりはズバ抜けている。恐ろしい女優である。この作品は見るほどに味わいが増すだろうから、この先何度も見る事になるだろうな。