ヴィム・ベンダース監督作「誰のせいでもない」("Every Thing Will Be Fine" : 2015)[DVD]
ある冬の夕暮れ時に、売れない作家が路上に飛び出してきた男の子を車で轢いてしまった事故がもたらした、作家と男の子の母親、それを取り巻く人達の人生の変化の様相を描くドラマ作品。
ケベック州オカの小さな町。売れない作家のトマスは執筆への専念を希望する一方で、子供を希望する妻サラと折り合えず、数ヶ月間、家を離れていた。冬の夕暮れ時、トマスはサラと今後の関係について話し合うべく、滞在先の掘っ立て小屋から車で自宅へ向かう。郊外の雪深い一本道を走行中、トマスはサラからの電話に気を取られる。その瞬間、ソリに乗った子供が前方に飛び出してくる。トマスは慌てて車を止めると、車の前に座り込む子供が無事だと確認して安堵する。トマスは無口なその子供クリストファーを、傍にある家まで歩いて送り届ける。応対した一人親のケイトは次男ニコラスの所在を問い質すが、怯えるクリストファーの様子を見て、慌ててトマスの車まで駆けていく。トマスはニコラスを轢き殺してしまった事に気付く。警察には不可抗力の事故と見做され、トマスは責任を問われずにそのまま帰宅するが、強い自責の念を抱く。一方、ケイトは悲しみに打ちひしがれる。
翌日、トマスはサラに対し、互いの生き方がまるで異なり、夫婦関係の継続が限界だと説く。サラは翻意を促すが、トマスは家を出てモーテルに移る。その夜、トマスは酒と睡眠薬を飲んで自殺未遂を図り、救急搬送される。サラは報せを受けて病院に駆け付ける。トマスは離別を保留し、サラと一緒に帰宅する。程なく落ち着きを取り戻したトマスは、執筆を再開する意向を示す。トマスは父に会いに行く。父はトマスの自殺未遂を咎めると、亡き妻を悪罵すると共に自らの人生をも無意味だった説き、トマスが義務感で会いに来るのを拒む。一方、ケイトは傷心から立ち直れずに泣き暮らしながらも、生業とするイラスト描きを再開し、クリストファーと共に徐々に穏やかな生活を取り戻し始める。
後日、トマスは出版社に知己の編集者ジョージを訪ねる。ジョージはトマスの事情を慮りながらも、トマスが新たに送ってきた原稿がこれまでに無い新しい一面を備えていると評価し、新作の執筆に励む様に促す。トマスはそこでフランス語の本の出版を担当するアンと出会う。程なく、トマスはサラと共にオカから引っ越す。
二年後、トマスは晴れて新著を出版する。出版記念の会合の後、トマスは初めて事故現場に戻り、そこでケイトと遭遇する。トマスは事故が頭から離れず、もう一度見たかったのだと説くと、やり直せるならどんな事でもすると申し出る。ケイトはトマスを責めていないと答える。トマスは連絡先を手渡し、ケイトは返礼に愛読書を譲る。その夜更け、トマスはケイトから電話を受ける。トマスは自らが作家であり、三冊目を出版したばかりだと明かす。ケイトは新著のアイデア探しの為に現場に来たのかと尋ねるが、トマスはそれを否定する。トマスはケイトに請われ、ケイトの家を訪ねる。ケイトは事故について、夕方だったので二人を家に入れるべきだったが、読んでいた本が面白くて止められなかったの事を明かして悔悟を示すと、その本を破って暖炉に焚べる。夜明けが近づき、トマスはクリストファーが起きる前に帰る意向を示す。ケイトは会うのがこれきりだと告げる。
四年後、トマスは作家として成功を収める一方、既にサラとは別れ、アンとその連れ子ミナと家族同然に暮らしていた。ある日、トマスはアン、ミナと一緒に遊園地へ行く。日が暮れた後、トマス達の目の前で遊具が倒壊する大きな事故が起きる。怯えるアンとミナを差し置いて、トマスは冷静沈着に負傷者を助けに行く。帰宅後、アンはトマスになぜそんなに落ち着いていられるのかと問い質す。トマスは危機への対処は人それぞれだと答える。アンはトマスがかつて経験した事故で、苦しんでいるつもりなのでは無いかと詰る。トマスは事故を持ち出す事に不快感を示す。一方、ケイトとクリストファーは穏やかに暮らし続ける。
更に四年後、トマスは老人ホームで暮らす父をコンサートに連れて行こうとするが、父の心が弱っている事に気付いて断念し、妻のアンと二人でコンサートに行く。トマスは演目の途中で離席した際に、ロビーで偶然居合わせたサラと再会する。サラはトマスの成功ぶりに対して、自らも結婚して二人の子供を儲け、仕事も順調だと明かす。トマスはサラに望みが叶ったと告げる。サラは自分を深く傷つけておきながら軽口を叩くトマスに不快感を示し、立ち直るまで数年かかった事を明かす。トマスは今の自分は違うと弁解し、サラの髪に馴れ馴れしく触る。サラは黙したままトマスの頬を引っ叩く。
ある日、トマスの元へクリストファーから手紙が届く。その中で、16歳になったクリストファーは、トマスを責めていない事、トマスの作品が好きで自らも作家を志望している事、小さい頃から問題児で精神科医がトマスに会えば色んな事が解決すると言われている事を伝え、ケイトには内緒でトマスと会って話をする事を希望する。トマスは、何年経っても事故は忘れられないものの、今は新作の最終段階である為に感情を乱される事への不安を示し、会う事を躊躇う旨を綴って返信する。程なくして、夜更けにケイトが電話を寄越し、力になると言ったのにクリストファーと会ってやろうとしないトマスを詰る。
後日、トマスはカフェでクリストファーと会う。クリストファーはトマスの著書の一節が、事故の日の自分の事では無いかと尋ねる。トマスはそれを否定し、経験と想像力を切り分けるのは難しいと説くと、事故で互いの心に永久に消えない傷が残ったが、時が経つに連れて考え方は変わっていくものだと諭す。クリストファーは成功したトマスとケイトとでは大違いで不公平だと非難する。トマスはそれが事故とは無関係であり、自分は何年もかけて立ち直ったのだと説く。クリストファーは事故以前の作品は出来が悪いと指摘する。トマスは作家は作品ごとに上達を目指すものであり、努力するしか無いと説くと、過ぎた事を蒸し返すのは良くないと諭す。クリストファーはトマスに持参した著作へのサインをせがみ、トマスはそれに応じて別れる。
トマスはアン、ミナを連れてトロントの朗読会へ出かける為に家を空け、帰宅すると、窓が開きっぱなしになっている事に気付き、訝しむ。その夜、トマスとアンは家に侵入した何者かがベッドに小便した事に気付き、警察を呼ぶ。警察の捜査が終わった後、トマスはアンとミナを実家に帰らせる。間もなく、クリストファーが庭に姿を表し、トマスは中に入る様に促す。クリストファーは小便を認める。トマスは度胸があると答える。クリストファーは自らの大学進学に伴い、ケイトが家を売って英国の祖母を訪ねに行った事を明かす。明け方、トマスはクリストファーと共にベッドを屋外へ運び出すと、クリストファーを抱き締め、自転車に乗って帰るクリストファーを見送る。両者は互いに心の重しが取れた様に微笑む。